上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
4月15日、久しぶりに 料理学校へ講師として 行きました。

いやー、本当に緊張しますね。
150人ぐらいの生徒さんを前に 料理を説明しながら、喋ること。
前日までは全然 緊張感もなく、何も考えてなかったのですが、いざ 料理の順番を考え始めると、
時間の事を気にしちゃいました。実際、90分の授業は長いようで 短いのです。

今回のメニューは、
‘フルーツトマトのゼリーと春野菜、水牛のモッツァレッラチーズのサラダ仕立て’
‘ドンブ産蛙と花つきズッキーニのサフラン風味のソースと和えたタリオリーニ’
‘仔豚(国産)の肩肉のロースト、季節の野菜とパルミジャーノチーズの泡を添えて’
の3品でした。

僕なりに いつもテーマがあり、今回は‘春’‘手間をかけた料理’‘肉を塊で焼く楽しさ’‘素材’という
ことを考えて 決めた料理でしたが、なかなか 伝えることは難しいかなーと思いますよ…本当に。
僕が 生徒さんの歳ぐらいの時は、料理に 興味がなかったし、先のことなんて 考えてなかったし。

でも、時代が変わり 僕の調理師学校時代から20年という時間が過ぎた今の日本は
本当に真面目にやれば とても良い食材に恵まれていると思う。
だから 僕としても、本当に良い食材を教えたいですよ。そんな気持ち。
そこから何かを得てもらえば。

確実に 時代は変わり、且つ 変化を求められる時代 だからこそ、本物を知って欲しいと思います。
本物を知るということは、自分の‘価値’を上げること。
人間の可能性ってみんな平等だと思います。
そこから‘自分’を見つけていって欲しいと 心から思います。
それが、‘料理’につながると 僕は信じていますから。

それは 自分の子供にも もちろん思うことですが…。

時間の事ばかり気にして ちゃんと教えられたかなー。と 僕も いつも反省してしまいます。
僕も人間ですから…。 やっぱり難しいねー。(笑)

中調

スポンサーサイト
今日は 下の子の小学校の入学式でした。晴れて小学生になれて良かったです。
彼の場合は、いつもイベントになると問題があるのですが、
(この前の誕生日の時もインフルエンザにかかったり) 楽しみにし過ぎているのか、
少し照れ隠ししている彼をみて 本当に大きくなったなー。と思いました。

そういえば この前の連休に東京に行きましたが、僕が あるレストランに食べに行くことを
楽しみにし過ぎていたのか、久しぶりに 体調不良で熱が出てしまいました。
本当に心から楽しみにしてたのでとても残念でした。
子供も大人もあんまり変わりないですね。
お料理を少し残してしまい、お店に悪いことをしてしまいました。

あとは シルクドソレイユの‘コルテオ’を観に家族と行きましたが、なかなか楽しめました。
以前‘ドラリオン’を観に行きましたが ドラリオンよりもストーリー性があり、音楽もパフォーマンスもとても楽しめました。
それに 福岡で観るのと 東京で観るのも 少し違うのかもしれません。
僕は まだまだ体を鍛えようと思いました(笑)。

こんな不景気な時だけど、子供たちに出来ることは 今も昔もあまり変わらないように思います。
正直 不安な世の中であるし、僕もお店を経営している訳で やはり不安です。
でも、自分の好きなことを‘職業’としてやっていけていることに感謝し、自分の仕事が
天職かわかりませんが、自分自身を常に見つめなおし、驕ることなくやっていきたいと思う。
何故か判りませんが、今日の子供を見ながらそう思いました。

元気に育って欲しいと思います。ただ それだけ。

子供は‘宝’と言いますが、大人に与える力は 本当に大きいものかもしれませんね。

子供のためにも 良い未来になれば、良いなーと思います。不安な時期だけど 親が頑張らないとね。

自分の仕事、スタッフ、お客さん、家族、全てに感謝の新年度です。

  
少し前に 高校の同級生が他界した。
20年という歳月が過ぎた中での悲しいお知らせだった。

彼が死んだということは 僕にとって 悲しいことよりも悔しさのほうが身にしみる。
何故なら 僕が人生の進路を決めた時に、喧嘩をしてそのまま疎遠になってしまっていたから。

20年前、僕のラグビー仲間はほとんど大学に進学した。
でも 僕は、料理学校に自分で願書を出し勝手に進路を決めた。
僕は普通に大学に行けたのだけれども 家庭の問題が多すぎて、早く一人立ちがしたかったから。
その時 彼に言われた言葉をなんとなく許せなくて…。

いつか 話せる時が来ると思いながら、もう 20年たってしまった。
最近、昔のラグビー仲間が店に来てくれることがあり少し嬉しく思っていた。
彼とも会う日が来ると思っていた。

20年という時間は長いようで短かった。でも、どこかで彼と接点があれば…と考えてしまう。
接点というのは‘家族’だったり‘仕事’だったり。
やっと みんなで本音で話し合える歳になったのに、すごく残念だった。

彼が反対した料理人としての今の自分を見て欲しかったと思う。
そして、もし彼が僕の料理を食べて人生が変わっていれば、こんなことにはならなかったかも?
生きることは すごく大変なことだと思う。
でも‘死’を選んだ彼はもっと大変だったんだと思う。

彼の死で昔の仲間が集まれたことは彼に感謝しなくては…。

僕は彼の死に対して肯定も否定も出来ない。
でも 生きているうちに逢いたかったかなー。と 悔いが残る。

桜は、悲しみも喜びも与えてくれる花である。

心からご冥福申し上げます。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。