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人生について思うことは“イメージ”だと思う。
人生というと範囲が広くなってしまうけど、生きる上で必要な術みたいな感じ。

僕は ほとんど自分の料理というものを食べたことがない。
それは 味見をしないということではなく、すべてパーツの“イメージ”が
頭のなかでぐるぐる回っているのを組み合わせるわけで、そこから料理を考える。
他の料理人も同じだと思う。

何故こんな話をするかというと、人に教えるのも 大変だなー と思うから。

目先の物を見ることは大切。若い時は先の事など考えれない。その時だけ。
でも 僕は いつも10歳年上の人になろうとイメージしながら働いていた。
20歳の時は、その時 オーナーシェフだった八島さん(僕の料理の原点)に
かなり怒られたから、いつも“ 30歳になったらこの人より絶対美味い物をつくれる” と 考えていた。
何故なら、僕が20歳で30歳の人の料理を理解できれば、
30歳になるまで10年もあるのだから、もっといろんな勉強が出来るし。
(もちろん八島さんも40歳になるのだけれど…)

でも、今の若い子はなんかもったいないような気がする。
何がもったいないかというと“時間”。
何もかも揃っているわけだし、料理のことも調べようとしたら すぐに調べられるし。
本当に便利だと思う。でも人生の“イメージ”が感じません。レシピどおり?

便利な今の時代に反し“手紙”は とても大切なものだと思ってしまう。
‘字’の中に“気持ち”があり‘文章’のなかにも“どかしさ”がある。
本当に伝わっているのか?という不安。
それが相手を思う気持ちにつながり優しさになると思う。
何か料理に共通していると思うのは僕だけ?
相手をイメージすることはすごく大切なことだと思う。
それは自分の人生のイメージに繋がるわけだし。

僕の考え方の中で、
『毎日歩いている50mの距離があるとしたら、
一生懸命には歩かないけど、楽しく歩きたいと思う。そうすれば 何か変化に気ずくはずである。
嫌なことがあってもちゃんと50mぐらいは前を向いて歩きたい。』というのがあります。
何もないけど何かあるんですよ!人生とはそんな感じだと思う。

楽しいだけでも駄目だと思うし、辛いだけでも駄目だと思うけど、
人生の感じ方は人それぞれだと思う。だから人の幸せも人それぞれだと思う。
でも‘こうなりたい!’というイメージは必要に思う。

最近、 料理教室でもしてみたいな~なんて考えたりしちゃってます。
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