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少し前に 高校の同級生が他界した。
20年という歳月が過ぎた中での悲しいお知らせだった。

彼が死んだということは 僕にとって 悲しいことよりも悔しさのほうが身にしみる。
何故なら 僕が人生の進路を決めた時に、喧嘩をしてそのまま疎遠になってしまっていたから。

20年前、僕のラグビー仲間はほとんど大学に進学した。
でも 僕は、料理学校に自分で願書を出し勝手に進路を決めた。
僕は普通に大学に行けたのだけれども 家庭の問題が多すぎて、早く一人立ちがしたかったから。
その時 彼に言われた言葉をなんとなく許せなくて…。

いつか 話せる時が来ると思いながら、もう 20年たってしまった。
最近、昔のラグビー仲間が店に来てくれることがあり少し嬉しく思っていた。
彼とも会う日が来ると思っていた。

20年という時間は長いようで短かった。でも、どこかで彼と接点があれば…と考えてしまう。
接点というのは‘家族’だったり‘仕事’だったり。
やっと みんなで本音で話し合える歳になったのに、すごく残念だった。

彼が反対した料理人としての今の自分を見て欲しかったと思う。
そして、もし彼が僕の料理を食べて人生が変わっていれば、こんなことにはならなかったかも?
生きることは すごく大変なことだと思う。
でも‘死’を選んだ彼はもっと大変だったんだと思う。

彼の死で昔の仲間が集まれたことは彼に感謝しなくては…。

僕は彼の死に対して肯定も否定も出来ない。
でも 生きているうちに逢いたかったかなー。と 悔いが残る。

桜は、悲しみも喜びも与えてくれる花である。

心からご冥福申し上げます。
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