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お客さんが、近々イタリアのシチリア島に行かれるということで、
僕が若い時に行ったシチリアの話をしながら、ふと昔の写真を見てみようと思いました。

僕は全く写真を見ない。
興味がないというより、なんか過去って、“あの時はどうだった”とか“良かった”とか“悪かった”とか色々考えるから。

写真を見ると、1994年の8月でした。
もう16年前でしたが、なんか色んな事を思い出しましたね。
実際その頃は、携帯電話もなく、デジカメもなかったから、あまり写真を撮れなかったように思う。
…本当に便利な世の中になりましたね。
でも僕はそういう時代だったから、イタリアの良さがわかったように思うんです。
簡単に情報があって、デジカメで撮ったものがすぐに人に送れるのってなんか寂しい気もするし、
人に説明する能力がなくなってしまうようで。

“百聞は一見に如かず”とは言いますが、聞くより見る方が確かに早いかもしれないけど、
早すぎるのもどうかな~と思ってしまう。便利になった分、記憶が薄くなるような気がして。
感動を人につなげることはとても難しいはずだから。
なぜなら、人それぞれ感覚が違うしね。
どう?綺麗でしょ?と写真を送られても、自分はそこにいないから、空気も違うしね。
それなら絵葉書に感動を書いて送る方が、伝わる気がします。ちょっと古臭いのかな~。(笑)

そういえば最近は、調理師学校の研修生が来たり、来年の就職の面接をしたりしましたが、
今、はやりの‘ゆとり教育’世代の子はどうしたいのでしょうね~?
世の中が便利すぎて、訳が分かっていないだけ?脳みそはデジカメのメモリー?
<自分がやりたい料理で、自分が働きたいと思う店で、自分が。。。、自分が。。。、の店を探しています>と言われても。。。。

僕が思うに、勉強は自分が好きだからするものであり、そこから興味が出るきっかけは必要かもしれないけど、
自分で見つけるものだと思う。だって、そこから将来が決まるわけでしょ?

最近、うちの子供が塾で3位になったらしいけど、僕は‘あっそー’と言っただけ。
だって順番を気にし始めたらきりがない。もっと上の人はいるわけだから。
大切なことは、勉強をする楽しみを見つけることだと思う。
社会に出ても勉強は必要だから、それなら楽しく勉強できる自分を見つけないとおかしいよ。
だって自分のことだから。
‘ゆとり君たちは’社会に出ることがゴールではないし、メモリーより感情を大切にしたら???そんな感じ?
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